第191話 Lancashire cheese & onion pie/ Butter pie /Pie barm~ランカシャーチーズ&オニオンパイ/バターパイ/パイバーム~

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<Lancashire Cheese & onion pie/ Butter pie/ Pie barm  ランカシャーチーズ&オニオンパイ/バターパイ/パイバーム>

 

今日はイングランド西北部ランカシャーのパイをいくつかご紹介します。この辺り、とにかく気になるのがセイボリーパイの面々。その昔、産業革命で大いに栄えたこの辺りの名物らしく、できるだけ安価にお腹を満たして元気に働くぞ~と言う気概が感じられるパイたちです。

鉄鋼業や紡績業など様々な工場が集まっていたランカシャーの労働者たちのお腹を満たしていたのが「チーズ&オニオンパイ」。イギリス中で見かけるパイではありますが、特にランカシャーチーズ&オニオンパイとして、この辺りのものが有名です。ソテーしたたっぷりの玉ねぎとランカシャーチーズ、それに味付けは塩こしょう。昔ながらの基本のフィリングはこれだけ。高価な卵や生クリームなどは入れず(入れたくとも入れられなかったのでしょう)、あとはペストリーで蓋をして焼き上げます。
時にはかさましのためにじゃが芋が入ることも。

チーズ&オニオンパイはイギリスパイの定番☆

 

現代のレシピではクリーム入りや卵、スパイスが入ったりと様々なバリエーションはありますが、昔のものはとにかく材料費を抑えるため、ペストリーもバターよりはラード、ラードよりはドリッピング(お肉を焼く時に滴る脂を集めたもの)とつつましいものが多く見受けられます。ですが、ランカシャーチーズがたっぷり入るのであれば、玉ねぎだけでもきっと十分に美味しかったはず。
ちなみにランカシャーチーズは一晩寝かせた前日のカードと当日のカードを混ぜて作る独特な製法。チェダーチーズをマイルドにしたような、クセの少ない食べやすいチーズです。そしてチェダー同様熟成期間によってクリーミーなものから、しっかりとしたコクと固さのあるタイプまで揃います。

 

とろ~りチーズがたまりません

お次は「バターパイ」。バターパイ?名前から甘いパルミエのようなお菓子を想像しそうですがこれもれっきとしたセイボリーパイ。しかもチーズ&オニオンパイ同様、もしくはそれ以上にシンプルなフィリングです。薄切りにして茹でたじゃが芋とたっぷりのバターでソテーした玉ねぎ、そしてバター。サイズは作り手により大小ありますが、この3種のフィリングを重ねて、ショートクラストペストリーで蓋をして焼くだけ。こちらのペストリーもラードとバター半々に使うレシピが多いよう。素朴過ぎるくらいに素朴ですが、じゃがいもと玉ねぎ、そこに染み込むたっぷりのバター、個人的には大好きな組み合わせです。

 

バターパイ… ありそうであまりない名前ですね

さて、このバターパイの成り立ちを話すには、かの有名なヘンリー8世(在位1509-1547)の国を巻き込んでの離婚騒動まで遡る必要があります。キャサリン皇后との離婚を成立させるためにイギリス国教会を設立したヘンリー8世。カトリックの修道院を多く廃止し、財産を没収します。その後メアリー1世がカトリック教会を復活させるも、次のエリザベス1世は再びカトリックを弾圧、カトリックにとって受難の時代が続きます。ところが、ロンドンから遠く離れたランカシャーではプロテスタントの影響が他より弱く、カトリック教徒の占める割合が比較的多い土地でした。17~18世紀のロンドンやコーンウォール、デヴォンなどの南部では3%未満と言われていたカトリック教徒が、ランカシャーではなんと人口の20%もいたのだとか。
その後も国全体としてはカトリック教徒の割合は減少していくのですが、ランカシャーにはフランス革命を逃れたカトリック教徒や、1845年のじゃが芋飢饉によりアイルランドからも大勢のカトリック教徒が押し寄せ住み着きます。産業革命により、工場労働の仕事があり、宗教的にも仲間の多いこの地は安住の地だったのでしょう。1851年の大規模調査によると、ランカシャーの人口の10%がアイルランドからの移民だったとか。

そして、ようやくここで「バターパイ」の登場です。伝統的にカトリックではレントの期間中やイエス・キリストが磔刑に処された金曜日に肉を食べる事を慎んでいました。ですが当時の常食でもあったパイは大抵じゃが芋と肉入りが主流、そこで金曜日用にと、お肉をバターに置き換えたものがランカシャー、特にプレストンの町(カトリック教徒がとりわけ多かった地域)で作られ、それが今なお町の名物として残っている、というわけです。ちなみにプレストン(Preston)の名の由来は古英語で司祭の土地を意味するPresta+Tunと言われています。宗教改革のずっと前からこの地にはバターパイ誕生の伏線が敷いてあったようです。
20世紀に入ってからもバターパイはランカシャーの味。同じ地方出身のポールマッカートニーの歌「アンクルアルバート」にもバターパイは登場しています(リバプールもかつてはランカシャーの一部でした)。
I hade another look
and I had a cup of tea and a butter pie…

ポールにとってもバターパイは思い出の味だったのかもしれませんね。
今も地元のパイショップやベーカリーなどで見つけることが出来るバターパイ。お決まりの付け合わせは紫キャベツのピクルスだそうです。

さて、最後にもう一つだけ~先ほどのプレストンの町から20マイルほど南に下ったところにあるWiganでは毎年、パイの早食い大会(World Pie Eating Championship)が開かれています。この町の名物がウィガンパイ、ウィガンケバブ、ウィガンスラッピー(Wigan pie、Wigan kebab、Wigan slappy)、 あるいはパイバーム(Pie Barm)などと呼ばれるもの。

バームケーキ(バンズ)にパイをサンド・・・サンドイッチの具がおにぎりのようなもの??

これがまた驚きのパイ。パイ?正確にはパイサンドイッチ。バームケーキと呼ばれるハンバーガーのバンズのようなプレーンなパンにバターを塗ってパイ(ミート&ポテトパイなど)をサンドしたもの。チップス(フライドポテト)をサンドしたチップバティ(Chip butty)は見慣れたものの、さすがにパイサンドは目を見張るものがあります。焼きそばパンやナポリタンパンもイギリス人からすれば似たようなものだと言われそうですが、それにしてもパイサンドはパンと具の一体感がなさすぎるというもの。
なんでも、馬に乗りながら食べるのに、パイからグレイビーが滴り落ちないようにするためだったなどという説もありますが、どちらかというと、炭鉱業が重要な産業だったこの地、坑夫達が手早くお腹を満たすために考え出した、エネルギーたっぷりの食事というのが妥当なところのようです。

今は「パイイーター」と呼ばれるウィガンっ子たちの食欲を満たすべく、フィッシュ&チップス屋さんなどで売られています。HPソースやケチャップ、ゆるめのマッシーピー(グリンピースマッシュ)を加えて食べるのも人気だとか。いつか本場のウィガンケバブを食べてみたいような、そうでもないような、、、。

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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