第192話 Woolton pie/ Homity pie ウールトンパイ/ホミティパイ

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<Woolton pie/Homity pie ウールトンパイ/ホミティパイ>

前話に引き続き今回もセイボリーパイのお話し、特にお野菜をたっぷり使った素朴なパイについてです。

まずは「ウールトンパイ」。一言でいうと、野菜のごった煮の上にマッシュポテトを加えたぺストリーをかぶせて焼いたもの。時には、ペストリーの代わりにマッシュポテトやスライスしたじゃが芋で蓋をして焼くこともあります。
主に使われた野菜はじゃが芋やカリフラワー、スゥイード(ルタバガカブ)や人参など、イギリスで昔から手に入りやすかったもの。これらを角切りにして塩茹でにし、柔らかくなってきたところに、ベジタブルエクストラクト(マーマイトなど)とオートミール少々を加えて、とろみがついたらフィリングは完成。これを器に移し、パセリかスプリングオニオン(細ネギ)を散らして、ポテトペストリー(マッシュポテトでかさまししたペストリー)で蓋をしてオーブンで焼き上げます。

じゃが芋入りのペストリーはソフトな食感☆

このなんともシンプル(質素)なパイが生み出されたのは第二次世界大戦中の、食糧難の時代。特に貴重だった卵や乳製品、肉類などを使わず、家庭で育てた野菜を中心に作れるパイを、ということで、当時のサボイホテルのシェフFrancis Latryにより考案されたレシピです。名前は当時の食糧省の大臣ウールトン卿に因んで付けられました。
1940年大臣に任命されたウールトン卿は、食料配給制度が円滑に機能するよう管理するだけでなく、子供たちの栄養が偏らないよう無料の給食制度を整えたり、家庭の主婦たちが限られた食品で工夫して栄養のある食事を作ることが出来るよう、そのサポートや教育プログラムにも熱心に取り組みました。

お野菜たっぷりウールトンパイ☆

実業家でもあった彼は民衆の前でこのウールトンパイやナショナルローフ(悪名高い灰色をした配給食パン)、時には砂糖なしのケーキや茶葉なしのお茶(??)などミラクルなものまで美味しいから試してみて、とにこやかに勧めていたというから、なかなかの強者。
また、彼が大臣の時代に行われたプロモーション活動で有名なのが、当時大量に余っていた人参を国民に何とか食べさせようと作り出したドクターキャロットや、ポテトピートなる可愛らしいキャラクターたち。キャロットクッキーやキャロットマーマレード、キャロットトフィー(棒付き人参飴)やキャロレード(レモネードの人参版)など様々なレシピをリーフレットで配り、町々でデモンストレーションをして広め、それまで主に家畜の飼料として扱われがちだった人参の地位を、イギリスでは欠かせない人気の野菜にまで押し上げました。

スライスポテトで蓋をしたウールトンパイ☆

こういった政府の努力もあり、食糧配給制度下のイギリス人は否応なしに現代より健康的でバランスの取れた食事を結果することになり、当時の政府曰く、乳児死亡率は低下、平均寿命も延び、イギリス人はスリムで活動的になったのだとか。。。

さて、もうひとつ、第二次世界大戦下に考案されたと言われているセイボリーパイに「ホミティパイ」があります。

こちらはじゃが芋入りではなく、全粒粉入りのペストリーを使います。フィリングは茹でたじゃが芋と炒めた玉ねぎやリーク。これらに生クリームやチェダーチーズを加えてペストリーに詰めて、オーブンで焼きあげます。ウールトンパイが上にペストリーをかぶせるタイプでこちらは下に敷くタイプ。今なら上下ともペストリーで覆いたいところですが、何せ戦時中は、小麦粉や油脂は貴重品。なるべく少なく済ませたいので、どちらか片方ということが多かったよう。

チーズをたっぷり使った贅沢ホミティパイ☆

また同じく、こちらも肉類や卵は使いません。でも生クリームとチーズは贅沢品じゃないの?と思われるかもしれませんが、実はこのホミティパイの別名は「Devon pie」、デヴォン地方発祥と言われています。乳製品の豊富なデヴォンなら、比較的他の地域よりはクリームもチーズも手に入りやすかったのでしょう。

このレシピはWoman’s Land Army(ウーマンズランドアーミー)または簡単に Land Girls(ランドガールス)と呼ばれた、戦争に駆り出された男性に代わって、農場で住み込みで働いた女性たちが考案したレシピとも言われています。「Dig for Victory(勝利のために耕そう!)」というスローガンのもとに、庭や公園、ゴルフ場はもちろん、バッキンガム宮殿の庭園やロンドン塔の堀までもが畑と化した第二次大戦下、農村部に住んでいた女性たちはもちろん、ロンドンや、バーミンガムなどの工業地帯からも多くの女性たちが農業に参加し、食糧確保に貢献していました。

じゃが芋&玉ねぎ好きにはたまりません☆

また、このパイを有名にしたのは1961年ロンドンに第一号店がオープンしたベジタリアンレストラン「Cranks」とも言われています。当時まだ珍しかったべジタリアン料理の草分け的存在とも言えるクランクス、ヒッピーの好む風変りな食習慣程度にしか視られていなかった菜食主義を推奨、お野菜だけでも充分に美味しいパイが出来ることを一般の人たちに紹介するに、このホミティパイは最適だったことでしょう。

お肉や卵など、食べたくとも食べられない、食物の選択の余地などない幼少期を過ごした世代からすると、まさか50~60年後こんなにも世の中が食べ物に溢れ、ヴィーガン、ベジタリアンを自ら選択する人々がイギリスでこんなにも大きな潮流を作ろうとは、さぞや驚きが大きいに違いありません。かたや厳しい時代を体験していない身からすると、食糧配給制度下のレシピ集はある意味とても新鮮、身体によいシンプルな素材を上手に使う知恵と工夫で溢れ、時として、流行りのヴィーガンフードのレシピ本を読んでいるような気にすらなるのでした。。

 

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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