<Harrow buns ハロウバンズ>
これまで沢山のイギリスのお菓子について書いて来ましたが、それらは、今現在イギリス中で広く食べられているもの、限られた地域で細々と作り続けられているもの、もうすでに消えてしまっているけれど有名で、それについてある程度資料が残っているもの、そういうものに限ってきました。
まだ書き残しはいくつもあるとは思いますが、それらについてはまた見つけた時に書くことにして、これからしばらくは、ある特定の古い本の中でしかお目にかかったことはないけれど、でもどうにも美味しそう~、あるいは作り方が風変りで面白い!何故にこの名前?などなど、とにかく興味を引いたものをピックアップしてご紹介していこうと思います。
どの地域で生まれたのかや、名前の由来などバックグラウンドははっきりしないものがほとんどですが、だからと言って、魅力的なそれらをここでご紹介できないのはもったいないですから。
実際に作ると、美味しい時もあれば、そうでもない時もあります。人の味覚は時代により変化するもの、それを経験するのもまた楽しい。「へ~美味しそう~」とか、「なんだか変な作り方ね」などと、一緒に楽しんでいただけたら嬉しい限りです。
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では早速、今日のお菓子「HARROW BUNS」です。
このお菓子の作り方がのっていたのは、イギリスのBorwick‘sのレシピ本。Borwick’sは1842年創業の歴史あるブランド。現在もスーパーの棚にはボーウィックスのベイキングパウダーや重曹などを見つけることができます。George Borwick & Sonsは1900年代前半までベイキングパウダーの一大メーカーとして、その名を馳せていました。カスタードパウダーで有名なアルフレッド・バーズ氏がベイキングパウダーを開発し売り出したのが1843年。George Borwick氏がベイキングパウダー売り出したのは、1844年と言われているのでほぼ同時期に競合しあっていたメーカーです。しかし世界大戦やその後の時代の流れには逆らえず、現在はアイルランドの大手食品会社Kerry Groupの下でそのブランドは維持されています。
ベイキングパウダーやカスタードパウダー、スポンジケーキミックスに、ジェリーパウダーなどなど、お菓子作りをより手軽なものにする商品がどんどん生まれた19世紀後半から20世紀初頭、各メーカーはその商品の使い方や様々なアレンジ方法をレシピ集にして配布、あるいは販売し、売り上げアップを図りました。
今私の手元にあるボーウィックス社のレシピ本は3冊、初版とそれに続くもの。どれも記載がないので正確な出版年は不明ですが、初版本はおそらく1890~1900年頃。他の二冊は古本屋さんの見立てによると1930~50年のものとのこと。もちろん全て、我が社のベイキングパウダーを使って、こんなものからこんなものまで作れますよ、という内容です。ケーキにスコーン、ビスケットにぺストリー、メジャーなものから聞いたことのないものまで薄い一冊に250種ぎっしり詰まっています。そこから選んだ今日のお菓子が「HARROW BUNS」というわけです。
何故これに目が留まったかというと、まずはその名前。はじめはイートンメスのように、名門パブリックスクール、ハロウ校発祥のお菓子かしら?と思ったのです。でもいやもしかしたら Harrow(馬鍬)のほう?あるいは地名からかもしれないし、作った人の苗字や屋号かもしれない。もうひとつの理由はその材料がとっても美味しそうな組み合わせだったから。バター、砂糖、小麦粉はさておき、そこにチョコレートとクルミと、レーズンとシナモンが入るバン。これは絶対美味しいに決まっている。古いイギリス菓子ではあまり見ない組み合わせです。
挿絵や写真のない昔のレシピは読むだけでも想像が膨らんで楽しいもの、そして作る作業は、言ってみればクイズの答え合わせ。お味見はご褒美の時もあれば、罰ゲームになることも。と言っても、基本的には美味しそうなものを積極的に選ぶので、罰ゲームサイドのお味の場合は、初めから怖いもの見たさで作っている場合がほとんどなのですが(笑)。
さて、ハロウバンズです。
小麦粉に加えるのはシナモンにベイキングパウダー。バターを入れてラブイン(手でこすり合わせてサラサラの状態に)したら、お砂糖と刻んだくるみ、種をとったレーズンに、削ったチョコレートも加えます。ここによく溶いた卵と牛乳を加えて一つにまとめて生地は完成。
これを手粉を使いながら丸めて、軽く粉をふった天板にのせ、刻んだアーモンドを上にのせ、中火で20分焼きましょうとのこと。
さて、生地作りはあっという間。ただ、いくつに分けるか記載がありません。でも、「バン」というのだから、ビスケットより、スコーンより大きく、手のひらに載る程度、というのが、おおよその目安。焼き時間をみても、今回の分量であれば6~8個が適当と思われます。
さて、焼き上がり。ちょっとイメージより膨らみが少ない?
一口食べてみると、チョコレートにシナモン、レーズンにくるみにアーモンドが絶妙のバランスでとても美味しい!でもバンというより、どちらかというとソフトなビスケットのよう。これはベイキングパウダーの量がちょっと足りない??
そうそう、わたしとしたことが、ここしばらく「あぶそる~と」をさぼっていたせいですっかり忘れていました。イギリスのティースプーン事情。
今でこそ、イギリスの家庭でも日本のようなメジャースプーンの小さじ大さじを使う人が増えましたが、イギリスの友人の家にお菓子を教えてもらいに行くと、小さじと言えば、ふつうのティースプーン。大さじと言えば食事の時に使う大きなスプーン。それに粉類を一度山盛りのせてから軽くふるい落として、こんもりのった状態、それが「匙1杯」。すりきったりはしません。日本では小さじ・大さじ=メジャースプーン=すりきるもの、という固定概念があるのでちょっと不安になるけれど、古いレシピ本を読むときに必要なのはイギリス的感覚。当時の人たちはメジャースプーンではなく、ふつうのティースプーンとテーブルスプーンを使っていたはずですから。実際、他のレシピを見てみると、すりきって欲しい時はきちんとlevel teaspoonfulと書いてあります。つまりシンプルに1teaspoonfulと書いてあればそれは小盛り1杯ということなのです。確かに普通のティースプーンですりきってしまうとメジャースプーンの小さじ1杯よりはすこし少なくなってしまいますから。
他にも時折出てくるのは山盛り1杯heaped spoonful、軽く盛り上がる程度のrounded spoonful、すり切りより気持ち少なめのscant teaspoonful。 現代のレシピ本と違ってふわっとした表現が多々。個人的にはこの「ふわっと感覚」は大好きですが(そもそもイギリス中のティースプーンやテーブルスプーンがみな同じ容量とも思えないし)、もう少しはっきりした表現はないものかと探してみたら、同時代にかかれた「Good things in England(1932)」Florence White著に、しっかりこう書いてありました。「イギリスのspoonfulという表現はスプーンから盛り上がっている状態を指します;どのサイズのスプーンであっても、 a spoonful(匙1杯)は匙すり切り2杯分に相当します」。これでようやくすっきり。
ちなみにこの本もまた大好きな本の一つ。やはり沢山の気になるお菓子が詰まっているのでおいおいご紹介していきたい、と思っています。
さて、ハロウバンズに戻りましょう。
レシピにはベイキングパウダー 1 teaspoonful とあったので、普通にメジャースプーンで小さじすり切り1杯入れて作ったのですが、本来ならティースプーンですり切り2杯、つまり一般的なメジャースプーンなら小さじ1½くらいを入れるとより当時の形に近くなりそうです。
さぁもう一度チャレンジです。
↑ 第二弾です。
イメージ通り^^
食感も、「バン」というにふさわしい軽めの優しい食感になりました。お味の方は最初に作ったものとそう大きくは変わりませんが、やはりこちらの方が全体にしっくりきます。より食べやすく、と言おうか、定番おやつにしたいと思う美味しさに。例えて言えばファットラスカルを軽く、より万人受けしそうなフレーバーにした感じ。紅茶と共に午後のお茶の時間に、あるいは冷たいミルクと一緒に子供たちのおやつにも受けそう。
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見たことも聞いたこともないお菓子、これから少しずつご紹介していきます。
つづく☆