<Queen of pudding クイーンオブプディング>
イギリスには、余って乾いてしまったパンを利用するお菓子が沢山あります。「ブレッド&バタープディング」(いわゆるパンプディング)のようにパンをそのまま使うものはもちろんですが、パン粉にして保存しておいたものを再利用することも多々。甘いプディング、食事用のプディングにかかわらず、このパン粉を使用したプディングが非常に多いのがイギリスプディングの特徴のひとつとも言えます。クイーンオブプディングもそのパン粉を使うタイプなのですが、「プディングの女王」という名前を持つくらいですから、他のいかにもエコノミカルなパン再利用プディングに比べて、上品さは群を抜いています。
牛乳・バター・お砂糖・パン粉・卵黄を混ぜて、やっと固まる程度に焼いたソフトなベース。そこにラズベリージャムを塗り広げ、メレンゲをのせてもう一度焼き上げるという構造。出来立ての温かいうちにいただくクイーンオブプディングはフレンチトーストとさして変わらない材料で作ったとは思えないほど立派なデザート。大きな器で作り取り分けて食べるのが一般的ですが、美しく一人分ずつ小さな器に作るのが近頃のレストランの流行です。
この立派な名前の由来はヴィクトリア女王のためにバッキンガムパレスの料理人によって作られたからだとか、メレンゲがクラウンのように見えるからとか諸説。だとすると19世紀以降の生まれ、ということになります。が、姿を少しずつ変えてはいるものの、その源流は実は17世紀頃のパン粉と卵で濃度をつけたミルクプディングまで遡れるようです。Mrs. Beeton著の家政書「Household Management」(1861) の中には「マンチェスタープディング」という名前で今のクイーンオブプディングに近いものを見つけることができます。それはパイ生地を敷いた上にジャムを塗り、パン粉や牛乳・卵のフィリングをのせて焼くというもの。
姿ではなく名前のほうを遡ってみると、19世紀には「Queen’s pudding」 という名前のものは他の料理本にも度々登場します。ただ、そちらは名前は似ていても、中身は今のクイーンオブプディングとは別物。スエット(牛のケンネ脂)を使ったスチームタイプのものが主流だったようです。また「Cassell’s Dictionary of Cookery with Numerous Illustration(1875)」に登場するそれは、バターを塗ったプディング型にレーズンやオレンジピールなどのドライフルーツを張り付けたら、バターを塗った食パンとレモンの皮で風味をつけたお砂糖、アーモンドスライスを交互に詰め、卵と牛乳を混ぜたものを流し込んで蒸すというもの。これはブレッド&バタープディングのスチーム版といおうか、キャビネットプディングのパンバージョン。今の姿のレシピが見られるのは20世紀に入ってから。はっきりした名前の由来は謎のままです。OED(Oxford English Dictionary)によると、Queen of Pudding と Queen’s puddingは一緒のものだということですが、プディングのクイーンと、クイーンのプディング、意味もよく考えれば全然違うし、う~ん、結局別物かも?
パン粉と卵、牛乳とジャムというどこにでもある地味な材料が、見た目豪華なプディングの女王様に変身するさまは、まるでシンデレラがかけて貰った魔法のよう。あまり深く考えず、ただその美味しい魔法の恩恵にあづからせてもらうことにしましょうか。