前号で、ストレスの仕組みと種類などを把握していただけたでしょうか?その後、少しでもストレス全体のベースラインが下がっていれば幸いです。今回のトピックはその続編で、ストレスに対する適応性や上限を超えるまでのプロセスに関係する「アロスタシス」や「アロスタティック・ロード」について。
ホメオスタシスとアロスタシス
わたしたちには、ホメオスタシス(homeostasis/恒常性)という素晴らしい機能が備わっています。血液のpHや体温などに変化があっても、通常決まった基準値内で一定に保たれているのは、この機能のおかげ。そしてこのホメオスタシスと深く関係しているのが、アロスタシス(allostasis/動的適応能)。アロスタシスは、環境の変化に伴いその都度調節される機能で、自律神経とも密接な関係にあります(1,2)。例えば、電車に乗り遅れそうになって走った場合、アロスタシスにより各種の機能が状況に合わせて変化し、体内の環境を一定に保ちます。電車に乗った後は、変化の調整や持続が不要となり、ホメオスタシスによって元に戻ります。運動などの一時的なアロスタシスは、代謝の調節機能を刺激するため健康に良いと考えられています(3) 。
アロスタシスとアロスタティック・ロード
アロスタシスによるからだへの負担(環境への適応が、健康維持の負担となる場合)が「アロスタティック・ロード(allostatic load)」(1,2,4)。例えば、暑い日に冷たいプールに飛び込んでも、急な温度差でショック死しないのはアロスタシスによる機能が働いているためですが、長時間冷たい水に浸かったままでいると、アロスタティック・ロードとなって体調不良の原因を作ります。
多くの場合問題となるのは、心理的ストレス。もし、職場に神経質で意地悪な上司がいるなら、どう感じますか?いつもピリピリとした空気を感じながら働き、ちょっとしたことで大げさに叱られるなら、仕事へ行くこと自体が憂鬱になるでしょう。上司のご機嫌が悪いと、そのうち、いつ当たられるかと待ち受けるようになります。この状態も、アロスタシスによる機能調整を継続させる「アロスタティック・ロード」。交感神経優位が続き、その際にはホルモン値も変化するため、小さなことでも敏感に反応するようになります。この機能自体は正常ですが、不適切な状況で継続すると、自律神経がバランスを崩し始めます。消化不良や睡眠障害に加え、音や光に対して敏感になるのが典型的なサインで、思考もネガティブに傾きます。長期では、上司とストレスが直結した、思考のバイパスともいえる脳神経の回路もできあがります。職場に上司がいれば、無意識のうちに(状況の判断を飛ばして)体内で即ストレス反応を起こし、からだは多少なりとも緊張した状態になります。限界まで耐え続けるか、職場を変えるか、の二者選択が肩にのしかかり、さらなるストレスを感じるかもしれません。なかには「転職」というオプションのアイデアがなく、選択の余地がないと判断して(状況が同じでも)頭の中でストレスを大きく育てる人もいます。
前向きに取り組むなら、うまくかわす技を磨くなど、上司ではなく自分に焦点を当てて問題解決を試みるオプションもあります。もしうまくいかないなら、好条件で快適に働ける職探しに挑むことを次のステップにすればいいのです。
穴のないバケツが理想的
慢性的な病気や症状を持つ人の体質改善などに取り組む場合、健康に関する履歴の詳細をもとに、心身とものトラウマや大きなストレスのあった時期などと合わせて、発症の引き金や症状を継続させている要因を探っていきます。その際、回復を妨げる各種のアロスタティック・ロードとそれらの総量を把握することが、大切な作業の一つとなります。環境汚染、ライフスタイルや心理的ストレスなど、様々な負担が重なりあって個人の上限を越せば、「アロスタティック・オーバーロード(allostatic overload)」となり、各種の機能が環境の変化に適応しきれなくなる(5)からです。完璧な例えではないかもしれませんが、これをバケツの話に置き換えます。問題のないバケツには穴がありません(=健康)。小さな穴が二つ三つあるバケツでも、少量の水を注ぎ続ければ、バケツ内に水を保つことはできます(=アロスタティック・ロード)。多少の問題があっても、からだが正常に機能できる環境下にあるなら、ホメオスタシスがバケツ穴の修復機能をサポートします。穴の数が多くなるほど、たくさんの水を注ぎ続けなければならず、水を貯めることが困難になる一方、穴の修復も追いつかなくなります(=アロスタティック・オーバーロード)。
アロスタティック・オーバーロードでは、からだの再生や修復を促すことができません。細胞レベルでは、細胞死を促して老化のプロセスに入ります(6,7)。当然ながら、病気や気になる症状のある人がストレスなど負担になることを抱え続けたままであれば、症状に対する一時的な処置は取れても問題の根元は変わりません(=水漏れするバケツの穴を、紙で塞ごうとするようなもの)。そのため、真の回復は困難となります。
さらなる麦わらに健康を賭ける?
英語で“The last straw breaks the camel’s back.”(=「ラクダの背中をへし折る一本の麦わら」)と言われるように、ラクダの背中に山積みされた麦わらは 、最後に残るたった一本を追加することにより、背負うことのできる限界を越してしまうのです。わたしたちが日々抱えるストレスによる負担も、各種が重なり合って個人の上限をヒットすれば、アロスタティック・オーバーロードとなって発病の引き金を引き、病気のある人なら症状の改善や回復とは反対の方向に進みます(6)。
個人の上限は人それぞれで、例えば、生まれつき丈夫な人は、病気がちな人よりも、多くの負担を長く抱え続けるかもしれません。逆に無理がきかないとわかっている人は、負担を背負う前に対策のアクションを取るかもしれません。これを、バケツのサイズに例えて説明する人もいます(今回はバケツの例え話が連続しますね)。もともと大きなバケツを生まれ持つ人は負担の許容量が大きく、小さいバケツを生まれ持つ人は大きいバケツの人と同じというわけにはいかない、ということです。どちらにしても、限界を待たずに、可能な限り負担を軽減するよう心がけましょう。
参照:
- McEwen, B. (2000). ‘Allostasis and Allostatic Load: Implications for Neuropsychopharmacology’, Neuropsychopharmacology, vol.22, no.2, pp.109-110
- McEwen, B. (2017). ‘Neurobiological and Systemic Effects of Chronic Stress’, Chronic Stress, vol.1, 1-11, pp.1, doi:10.1177/2470547017692328
- Picard M, McEwen B. (2018). ‘Psychological Stress and Mitochondria: A Systemic review’, Psycosom Med, vol.80, no.2 pp.141-153. doi:10.1097/PSY.0000000000545
- Picard M, McEwen B, Epel ES, Sandi C. (2018). ‘An energetic view of stress: Focus on mitochondria’, Frontiers in Neuroendocrinology, 49 (2018), pp.73. https://doi.org/10.1016/jfrne.2018.01.001
- McEwen, B. (2005). ‘Stressed or stressed out: What is the difference?’, Journal of Psychiatry & Neuroscience, vol.30, no.5, pp.317
- Naviaux, R. (2019). ‘Incomplete Healing as a Cause of Aging: The Role of Mitochondria and the Cell Danger Response’, Biology, vol.8, no.27, doi:10.3390/biology8020027
- Naviaux, R. (2018). ‘Metabolic features and regulation of he healing cycle – A new model for chronic disease pathogenesis and treatment’, Mitochondrion, vol.8, no.1, https://doi.org/10.1016/j.mito.2018.08.001
2件のコメント
藤田様、コメントを残してくださりどうもありがとうございます。日頃読んでいる研究文献などの紹介も兼ねて、一般向けに解説するよう心がけておりますが、マニアックすぎて読む人が存在するか謎だと思うことがしばしばあります。そのため、読んでくださる方の存在がわかり感激しております。当方は、マッキューエン氏のファンで、彼のセオリーを仕事の実践で基本として活用しております。(バケツの例え話などは、仕事の際クライアントにアロスタシスのメカニズムと健康の関係を説明する際に使っているものです。)お知り合いの方にも、アロスタシスがご理解いただけるような内容となっていれば、うれしい限りです。
McEven 氏の文献を読む機会があり、allostasis の概念を、日本で精神障害者への福祉サービスを提供している知り合いと共有したく、日本語でのウェブサイトを探していたところ、徳永様のサイトにたどり着き、早速FBでシェアさせていただきました。主に英語で進んでいく精神疾患の研究を、日本語で説明されるサイトという点で、徳永様のサイトはとても貴重に思っています。今後とも参考にさせていただきたく、よろしくお願いいたします。