第161話 Hasty pudding/Semolina pudding ヘイスティプディング/セモリナプディング

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<Hasty pudding /Semolina pudding ヘイスティプディング/セモリナプディング  >

「Hasty pudding(ヘイスティプディング)」。分かりやすく意訳すると「クイックプディング」~つまりあっという間にできるプディングということ。イギリスの伝統的なプディングと言えば、何時間も茹でたり、蒸したり、とにかく時間がかかるものが多いため、それらと比べると驚くくらいに手早くできるといということでつけられた名前なのでしょう。それは、基本的には穀物をベースにしたポタージュもしくはポリッジ(お粥)のようなもの。牛乳に、砕いた、あるいは粉末状に挽いた穀物を加えて加熱し、とろみをつけるだけなので、お鍋一つあればすぐにできてしまいます。そのどろどろに、お砂糖やバターを落としていただくだけなので確かに簡単。

ナツメグやお砂糖をかけて、熱々をいただくヘイスティプディング☆


OED(The Oxford English Dictionary)によると、このヘイスティプディングが最初に文献に登場したのは1599年とのことですが、そのプリミティブさから、名前は違うとしても、中世の頃から作られていると一般に考えられています。16世紀後半にはすでにポピュラーだったこのプディング、とろみづけの穀物は地方によって、小麦粉であったり、オーツやバーリーのような麦類であったりさまざまだったようです。星の数ほどあるイギリスプディングの中で、トップクラスにシンプルだと言われるこのヘイスティプディング、プディングと名はつくものの、要はゆるめのポリッジと何ら変わりないんじゃない?と思ってしまいますが、貧しい人々はともかく、富裕層のそれは、次第に、ローズウォーターやスパイスを加えて風味をつけたり、卵を加えたりとリッチな配合で供されるようになっていきます。

例えばHannah Glasse 著「The Art of Cookery Made Plain and Easy(1747)」には3種類のヘイスティプディングが載っています。一つ目は「Flour Hasty-Pudding」~1クォートの牛乳に4枚のベイリーフを加えて沸かしたところに、卵黄2個とお塩少々、スプーン2~3杯の冷たい牛乳を混ぜたものを加え、木のスプーンで混ぜながら小麦粉を程よい加減にとろみがつくまで加えていきます。さらに少し混ぜながら加熱し、お皿に取り分け、バターを散らしてできあがり。卵は入れなくてもいいけれど、入れたほうが美味しいですよ~というアドバイスも。
2つ目の「Oatmeal Hasty-pudding」は1クォートのお水を沸かして、ひとかけのバターとお塩、オートミールを好みのとろみになるまで混ぜながら加え、2~3分加熱します。お皿に取り分けたら、バターをちらし、ワインとお砂糖、あるいは、エールとお砂糖、クリームや牛乳を添えて召し上がれ。スコッチオートミールで作るのがベストです~というもの。
そして3つ目は 「fine Hasty-pudding」と名付けられたもの。こちらはちょっと変わり種~卵一つに小麦粉を加えて堅い生地を作り、それをできるだけ細かく刻んでおきます。1クォートの牛乳を沸かしたら、先ほどの刻んだ生地を加え、少量のお塩、シナモン、お砂糖、そしてクルミ大ほどのバターを加えたら、とろみがつくまで混ぜながら加熱します。そこにもう一片のバターを加てお皿に取り分け、さらにバターを散らして出来上がり。こちらはとろみをつけるのに、小麦粉は小麦粉でも一度ペストリーのような状態にしてから細かくし、それを牛乳に入れてとろみをつけるという手間をかけた作り方。さすが、「fine(洗練された)ヘイスティプディング」とネーミングされているだけあります。直接粉でとろみをつけるより、糊のような粘りや、粉っぽさが少ないのでしょう。
同じく、同時代の有名な料理本Eliza Smith 著「The Compleat Housewife(1758)」にもふたつレシピが載っているのですが、ひとつはこのHannah Glasse さんのfine バージョンとまるっきり同じもの、そしてもうひとつは卵と生クリームたっぷりのかなりリッチバージョン、こちらはパン粉でとろみをつけています。「A Hasty Pudding to butter itself」というタイトルのそれは ~1クォートの濃いクリームにパン粉を加えて火にかけ、混ぜながらとろみをつけたら、卵黄4つ、スプーン1杯のサック(酒精強化ワイン)、 オレンジフラワーウォーターとお砂糖少々を加えてとろ火で混ぜましょう。パン粉の代わりにビスケットを砕いたものを使い、卵を加えないパターンでもいいですよ。鍋のきわに油が浮いてきたら完成です~というもの。
こうなると16世紀ごろの牛乳にただ、挽いた穀物を加えて煮立てただけのミルクがゆ状のものとは大分違い、いかにもプディング(デザート)然としています。

一度お鍋で煮てからオーブンで焼くヘイスティプディングも存在します☆

こんな風に1冊のレシピ本にいくつものバリエーションが載るほど人気のあったヘイスティプディングですが、Beeton夫人やEliza Acton 女史の活躍するヴィクトリア時代になるとその名前をあまり見かけなくなってしまいます。何故でしょう?実はすっかり消えてしまったわけではなく、hasty という名前が使われなくなっただけ。それぞれ、牛乳にとろみをつける素材の名前を伴って呼ばれるようになったのです。例えばセモリナ粉で作ればセモリナプディング、タピオカでとろみをつければタピオカプディング。サゴのでんぷんで作るサゴプディングもよくみられました。これらは、手早くできて消化にもいいというので、まとめて、Nursery pudding、Milk puddingなどと呼ばれ、子供たち向けプディングとして人気がでます。

各自、手に入りやすい穀物(でんぷん)で濃度をつけるようになったヘイスティプディングはアメリカにも渡ります。彼の地では最も身近にあったコーンミールが使われ、砂糖の代わりにはモラセスやメイプルシロップが加えられるように。さらにはオーブンで焼いて焦げ目をつけたりとイギリスとはまた違う独自の変化を遂げたようです。

今もセモリナ粉をイギリスで買うと、セモリナプディングのレシピが箱に書いてあります☆

1633年、劇作家のThomas Heywood が「The English Traveller 」の中で ’… longer in eating than it was in making’ と表現したお手軽ヘイスティプディングはシンプル路線から、一度豪華になりかけますが、世界大戦などによる食料不足を経て、今一度シンプルに立ち返り、中でもセモリナプディングが活躍します。60年代、70年代のスクールディナー(給食)に出た、味のないただもったりしただけのそれに辟易した世代の人々は「ヘイスティプディング」は知らなくとも「セモリナプディング」にはたっぷりの思い出があることでしょう。大抵のトラディッショナルプディングは、「なんだ見た目より美味しいじゃない!」なんて思うわたしですが、正直申しまして、これだけは進んで食べたいお味ではないことを告白します~☆ あ、豪華バージョンではなく、シンプルなお鍋で煮ただけのセモリナプディングについでですが。

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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