第165話 Cattern cakes / Catterning cakes カタンケーキ/カタニングケーキ

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イギリスおかし百科


<Cattern cake/ Catterning cake カタンケーキ/カタニングケーキ>

 

有用なモノか無用のものか、価値ある品かガラクタなのか、すべては手にする人の心の持ちようといったものであふれるイギリスのアンティークショップ。ふと目に入ったのは褐色に変色しほころびた、でもとても繊細なレース、そして数本のボビン。きれいなビーズが括り付けられたボビンはよく使い込まれたもののようでいい色艶をしています。

イギリスのアンティークボビンにはビーズなどの飾り(重し)がよくついています☆

 

今でこそ機械であっという間に出来上がってしまうレースも、手作業となると気の遠くなるような作業。15世紀から続いているというイギリスのレース職人たちにとって、このボビンは大切な道具であるだけでなく、個人の思い出の詰まったとてもパーソナルなものでした。木や骨で作られるそれには家族や愛する人の名前、誕生日や大切な記念日などを刻み込んでいたり、子供たちのベビーシューズのボタンやラッキーチャームなど、思い出の品も括り付けられています。そんな思い入れのあるボビンがぎっしりとぶら下がったレースピローはそのレース職人の人生のアルバムのようなもの。

そんなレース職人たちが大切に受け継いできたケーキが「Cattern cakes (カタンケーキ)」または「Catterning cake(カタニングケーキ)」。チューダー朝の時代から11月25日に食べられてきたというこのケーキの名はCatherine という女性の名に由来しています。11月25日は St.Catherine’s Day(セントキャサリンズデイ)。St. Catherine of Alexandria(聖キャサリン・アレクサンドリア、聖カタリナとも(287-305))の祝日です。当時もっとも知性と教養と美しさを兼ね備えた女性として、その名がヨーロッパ中に知れ渡っていたキャサリン。時のローマ皇帝マクセンティウスにとらえられ、車輪に括り付けられ転がされるという拷問を受けそうになった際、彼女が触れた途端その車輪が壊れてしまったという伝説があります。結局その後キャサリンは斬首刑となってしまうのですが、聖人として列せられ、今も多くの人々から厚い信仰を集めています。そしていつも彼女の傍らにあり、象徴となっているのが件の「壊れた車輪」。そのせいもあり、車輪と関係のある職業、車輪作り職人はもちろん、陶工、紡績業、研ぎ職人、製粉業、そしてレース職人の守護聖人でもあります。
また、セントキャサリンズデイはもう一人のキャサリン、Catherine of Aragon(1485-1536)、あのヘンリー8世の第一王妃としても有名なキャサリン王妃を祝う日でもあります。BedfordshireのAmpthill に幽閉されていた当時、この地方のレースメーカーたちのパトロンとして尽力していたキャサリン妃。今でもベドフォードシャーには独特のレース織りが伝わっています。往時のレースメーカーたちは普段からほんの少しずつお金を取り置き、11月25日にはカタンケーキとボヒーティーでお祝いをしたそうです。

 

キャサリンの名と渦巻模様は切っても切れない間柄☆

 

さて、肝心のカタンケーキについて。
現在伝わっているレシピは2タイプ。古いほうのレシピはイースト生地タイプ。プレーンなパン生地にバターとお砂糖、卵とキャラウェイシードを練り込んで、テニスボールサイズにまとめたら、オーブンで2~3時間じっくり焼きましょうというもの。
比較的新しいもう一つのタイプは車輪のように渦巻き模様。ベーキングパウダー入りの小麦粉に、カランツとお砂糖を入れ、シナモンとキャラウェイシードで風味を加えます。これを溶かしバターと卵でまとめ、平たく延ばします。お砂糖とシナモンをふって、端からくるくると巻き、シナモンロールのようにカットしてから焼くというもの。キャラウェイシードの香りとシナモンが主張する甘く贅沢なお菓子です。

ところでこのケーキ、レースメーカーの人たちの間でだけ食べられていたわけではありません。11月25日、ベドフォードシャーでは、子供たちや貧しい民が、歌いながら村の家々の戸を叩き、カタンケーキやパンを、地域によってはりんごとビールを恵んでもらう習慣があり、これをCattening と呼んでいました。これはちょうど11月2日のAll soul’s Dayに ソウルケーキを与えてもらうSouling と同じような慣習。言われてみれば、スパイスの効いたケーキも、歌われる歌詞も両者かなり似通っています。

 

“Cattern’ and Clemen’ be here, here, here,
Give us your apples and give us your beer,
One for Peter, Two for Paul,
Three for him who made us all;
Clemen’ was a good man,
Cattern’ was his mother;
Give us your best, and not your worst,
And God will give your soul good rest.”

今年も間もなくやってくる St. Catherine’s Day。
オーブンから漂うキャラウェイシードの香りの中、古いボビンを眺めていると、レースを編む女性たちの静かな話し声が聞こえてくるような気がします。

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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