第174話 Orkney bride cake~オークニーブライドケーキ~

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<Orkney bride cake オークニーブライドケーキ>

「Bride cake (花嫁のケーキ)」。
お誕生日ケーキに、洗礼式のケーキ、イースターのケーキに、クリスマスケーキ、お葬式のケーキに至るまで、祝宴や儀式にケーキはつきもの。中でも一番豪華なケーキが登場するのが結婚式。ですが昔から結婚式のケーキが豪華だったのかというと、さにあらず。たしかに昔から結婚式で「ケーキ」と称されるものは供されてきましたが、その姿はパンであったり、パイやショートブレッドのようであったり、意外とシンプルなもの。現代のようなアイシングやクリームで飾られた3段重ねの豪華なウェディングケーキが登場したのはごくごく最近のことです。

今日のお題のオークニーブライドケーキをご紹介する前に、ちょっと寄り道~。
例えば、1840年、ヴィクトリア女王とアルバート公のウェディングケーキはこんな姿。

The Wedding Cake of Queen Victoria and Prince Albert, 1840 Image: www.royalcollection.org.uk

外周は2.7m、重さは136kgと、巨大ではありますが、大英帝国全盛期の女王様のケーキでさえ1段の丸いフルーツケーキです。
それが、18年後のヴィクトリア女王の第一王女とプロイセンのフリードリヒ王子の結婚式で披露されたものは、高さ2.1mにも及ぶ3段重ねのケーキでした。このケーキがイギリスで大きな話題となり、段々に重ねた、今のような高さのあるウェディングケーキが広がっていったのだとか。

ちなみに、「ブライドケーキ」という名で、結婚式用ケーキのレシピがイギリスで最初に登場したのが、1769年出版 Elizabeth Raffald 著「The Experienced English Housekeeper」と言われています。
こちらもどんなケーキか見てみましょう~

4パウンドの小麦粉に4パウンドのバター、2パウンドのお砂糖に、32個の卵。メースにナツメグ、半パイントのブランデー、4パウンドのカランツに1ポンドのアーモンドという材料で、まずはケーキ生地を作ります。そして、その生地とオレンジやレモンなどの甘く煮たピール類とを交互に型に詰めて3時間焼いてベースは完成。
これに、アーモンドと卵白とローズウォーターで作ったアーモンドアイシングをぬり、オーブンでさっと焼きます。そしてデコレーション。卵白とお砂糖とスターチで作ったシュガーアイシングをその上に塗って仕上げます~というもの。
(1パウンド=約450g)

なるほどこれは現代もクリスマス他、イギリスのお祝いごとの時にいつも登場する、マジパンとアイシングで覆われたフルーツケーキとそう変わりありません。数段に重ねるかどうかはさておき、現代のようなイギリスのウェディングケーキのベースはこの頃に確立されたとすると、250年+数十年経つかどうかといったところでしょうか。

さぁここでようやく今日のお題「Orkney bride cake(オークニーブライドケーキ)」に到着(^^)こちらはもっともっと古~~い結婚式のケーキ。

オークニーとはスコットランド(グレートブリテン島)の北東に浮かぶ70個の小さな島々で構成されるオークニー諸島のこと。新石器時代の遺跡も多く残るほど長い歴史を誇るオークニー諸島、そしてさらに北にあるシェットランド諸島に伝わるブライドケーキは、豪華なウェディングケーキにとって代わられる以前の昔の姿を残しています。
キリスト教以前の土着の宗教や古代ローマの風習の名残りだというそれは、ケーキと名はつくものの、実際にはキャラウェイシードを入れたショートブレッドとスコーンの中間のようなもの。オーブンが生まれる前から作られているので、加熱法は直火にのせたグリドル(鉄板)。


ケーキ自体は非常にシンプルなのですが、興味深いのはその食べ方。
結婚式の当日、新婦の家の前に参列者たちが集まり、ウエディングウォークと呼ばれる行列が教会へ向けて出発します。新郎はbest-maid、新婦はbest-manと呼ばれる介添え人を伴い、フィドルやバグパイプ奏者、一番しんがりにはヘザーを束ねて作った箒を持ったtail-sweeperが連なるにぎやかな行列です。式を終えると、次に一行は新居へ。そこで新婦を待ちかねているのがブライドケーキ。新郎が新婦を抱えて新居の敷居をまたぐとき、新婦の頭上でそのブライドケーキが割られるのです。
以前登場した、スコットランドのショートブレッドを新婦の頭上で割る風習と一緒ですね。
邪悪を追い払い、福を呼ぶというそのブライドケーキ。新郎新婦ももちろん食べますが、参加者たちもこぞってそのかけらを集めます。というのも、その中に指輪(時には指抜きも)が隠されており、その指輪を見つけた人は次に結婚ができると言われているから(指抜きを見つけてしまうと、しばらく結婚はお預けだそうですが)。
また、未婚の女性がそのかけらを枕の下に入れて眠ると、将来のパートナーの顔が見えるという言い伝えも。

 

シェットランドでは、このブライドケーキ(Bride bunと呼ばれることも)は結婚式の朝、新婦の母によって焼かれることになっているそう。メインの粉は小麦粉の他に、この土地らしく、オーツやべアミール(大麦の古い品種)を使うこともありますが、子孫繁栄を意味するキャラウェイシードが大抵入れられています。

一つの食べ物を皆で分け合い、幸せも苦労も分かち合うという、どこの国でも、いつの時代でも行われてきた食物儀礼。3段重ねの豪華なウェディングケーキも魅力的ではありますが、古くから伝わるこの素朴なケーキは人と人とのつながりを、婚姻という不思議な縁を大切にするよう私たちに教えてくれる、本当の意味でのウェディングケーキのような気がします。

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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