第197話 Mansfield gooseberry pork pie/ Oldbury tart ~マンスフィールドグーズベリーポークパイ/オールドべリータルト~

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<Mansfield gooseberry pork pie/ Oldbury tart マンスフィールドグーズベリーポークパイ/オールドべリータルト>

りんごにプラム、ルバーブなどイギリスのお菓子作りによく使われるフルーツは考えてみるとどれも家の庭先でよく見かけるもの。グーズベリーもまさにその一つ。
ラズベリーやブラックカラントなどの他のベリー類より一足お先に実るグーズベリーはちょうど同じ季節に咲くエルダーフラワーとの相性が抜群。グーズベリーとエルダーフラワーのフールは初夏の訪れを告げるトラディッショナルなデザートです。

透き通ったまるでビー玉のような緑色のグーズベリー、そのままでは酸っぱ過ぎるので生食には向きませんが、お砂糖を加えて加熱すればあっという間に柔らかく爽やかな香りのコンポート状になるので、クランブルに、トライフルに、はたまたパイのフィリングにと昔からたいそう重宝されてきました。

ビートン夫人の家政書(1861)やイライザ・アクトン(1845)のレシピ本にも、ジャムやジェリー、プディングなど多くのレシピが取り上げられていることからもその人気の程が分かります。ちょっとお菓子とは離れますが、どちらにも鯖用のグーズベリーソースのレシピが載っているのは面白いところ。脂の多い鯖をグーズベリーの酸味でさっぱりいただこうということでしょうか。以前イギリスのパブで鯖のグリルをオーダーしたら、ルバーブソースが添えられてきたこと思い出しました。今どきの食べ方なのかと思いきや、鯖に酸味のきいたフルーツソースを添えるのは昔から人気の食べ方だったようです。

活き活きとした緑のグーズベリーはイギリスの初夏の味

また、1700年代、1800年代のレシピを見ていて気付くのは、グーズベリーを加熱した後、裏ごしして使うものが多いこと、あるいは裏濾さないまでも「種を取り出しましょう」とよく書いてあります。昔のグーズベリーは今のものより種が大きかったのか、はたまた滑らかな食感のほうが上品と考えられたのか、、。品種改良に気候の変化、数百年という月日はこの一見昔ながらの素朴な姿のグーズベリーをもそれなりに変えているのかもしれません。
シンプルにおいしそうだったのはお砂糖をまぶしただけのグーズベリーを山盛りにパイ皿に盛って、ショートクラストペストリーで覆って焼いたもの。その名もシンプルに「グーズベリータルト(ビートン夫人の家政書より)」。やはりグーズベリーにはあまり手をかけないこんなお菓子が似合っている気がします。

今日ご紹介するのは少し風変りな、地方に伝わるグーズベリーパイ。シンプルと言えばシンプルですが、使用するペストリーがいつもと違います。

「マンスフィールドグーズベリーポークパイ」~ノッティンガムシャーのMansfieldという町で古くから食べられてきたパイ。見た目と名前から想像するに、「ポークパイにグーズベリーが入ってるのよね?」誰もがそう思うはず。
それがどっこい、このポークパイにはなんとポークは入っていません。入っているのはグーズベリーのみ。そう、セイボリーではなく甘いフルーツパイなのです。ただし、ペストリーはポークパイに使われるホットウォータークラストペストリー。ラードとお水を溶かして作る、このしっかりタイプのペストリーのおかげで、型を使わずとも、水分の多いフィリングをしっかりキープしてくれているというわけ。ペストリーにはお塩を控えてお砂糖を加えるレシピも。甘いホットウォータークラストペストリーも興味津々です。
ペストリーをポークパイのように筒状に形作ったところに、グーズベリーとお砂糖を詰め蓋をして焼く、基本はこれだけ。作り手によっては、冷めてから、アップルジェリーやレッドカラントジェリーを上部の穴から流して固めることも。通常のポークパイにストックを詰めるのと同じ要領ですね。

マンスフィールドを訪れて本場のグーズベリーポークパイを食べてみたいけれど、残念なことに今ではほぼ見かけなくなってしまったそうです。1960~70年くらいまでは店で見かけることも、家庭で作る人もいたようですが、一体いつ頃からこのグーズベリーポークパイが焼かれ、いつ頃消えてしまったのか、、、。

分かっているのは、このパイはマンスフィールドで7月に開かれてきたフェアの名物お菓子として毎年焼かれていたということ。マンスフィールドのフェアの歴史は長く、マーケットタウンとしての勅許を得たのは1227年のこと、1377年にはリチャード2世より毎年4日間のフェアを開催する許可を与えられます。それから数百年、フェアは続いてきたわけですが、ある時から、毎年フェアのハイライトとして、集まった群衆の前での、市長による大きな大きなグーズベリーパイのカットが行われるようになります。時には60パウンド(27kg)を超えるパイの時もあったそう。


1927年のロイヤルチャーター(勅許)を与えられてから700年の記念のフェアの際にはその大きなグーズベリーポークパイがアメリカのマサチューセッツ州にあるMansfieldに贈られます。冷凍され、リバプールから遥か大西洋を越え9日かけて運ばれたグーズベリーポークパイ。アメリカのマンスフィールドでも同じように盛大に入刀式が行われたそうです(^^)

マンスフィールドとその名を冠した歴史あるグーズベリーポークパイ、町ではこれを復活させようという動きもあるようです。これは2027年の800年の記念の年が楽しみです。きっと巨大なパイがお目見えするに違いない!

そしてもう一つ、グロースターシャーのOldbury on Severnという人口800人ほどの小さな村にもまた、これによく似たグーズベリーパイが伝わっています。「オールドベリーグーズベリータルト」と呼ばれるそれは、タルトと名はつくものの、やはりホットウォータークラストペストリーでグーズベリーを包んだパイ。こちらはさらにシンプルに中身はグーズベリーとお砂糖のみ。ジェリーなどが入ることはないようです。レシピによってはグーズベリーの水分を吸ってくれるように、底にセモリナ粉などを敷いたり、ペストリーにお砂糖が入ったり、作り方は人それぞれ。サイズは前者より小さめですが、型を使わないハンドレイズドタイプのため、型崩れしないようしっかり冷やし固めてから焼くようにとのこと。
冷たい状態で食べるマンスフィールドグーズベリーポークパイと違い、こちらは焼き立てにクリームなど添えて食べる事も。とは言え、やはりこちらもまた、ほぼ姿を消してしまっているので、食べてみたければ自分で作るしかありません。

 

さてお味の程ですが~どちらも想像より美味しい!生地に入れたわずかなお砂糖も違和感なし、フィリングとよく合っています。ナイフを入れると中からグーズベリーのジュースが溢れてきますが、この量の果汁を含んでいても、ぐずっとならずに外側さっくりを保つのはさすがホットウォータークラストペストリー。底に敷いたセモリナ粉が果汁を吸うと同時にとろみをつける役割も果たし、いい仕事をしています。
私は大好きですが、グーズベリーは好みが分かれるフルーツ。茎と花殻をとったり、煮たりといちいち手間のかかる酸っぱいグーズベリーより、もっと手軽で魅力的なフルーツは山のようにあるし、バター香るサクサクの軽いパイ生地に慣れた世代にはラードを使った古臭い硬いペストリーは美味しいとは感じないかもしれません。そんな現代の嗜好を考えると、かなり生き残るのが難しいお菓子であることは間違いありません。

でもたまには昔の人たちのように、この初夏をぎゅ~っと閉じ込めたような甘酸っぱいパイをかじって、年に一度のフェア(お祭り)のワクワクや、待ちに待った夏の訪れをみんなで分かち合うのは素敵なこと。細々とでも親から子へ、地元で作り継がれていたら嬉しいですね。

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宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 、2022年6月「新版BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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