<Eton mess イートンメス>
「イートンメス」、イギリスの短い夏を代表するプディング(デザート)のひとつ。いちごと砕いたメレンゲそして泡立てた生クリームを混ぜるだけの実にシンプルな作りですが、イギリスの濃厚な生クリームに旬の甘酸っぱいいちごとさくさくのメレンゲのバランスが実に絶妙で、一度食べると虜になる人続出のデザート。
ハウス栽培が主の日本のいちごと違い、イギリスのいちごの旬は5月末から7月にかけてのまさにイギリスのサマーシーズン。イギリス人にとってはいちご=待ちわびた夏の象徴なのです。例えば6月末に始まるウィンブルドンのテニス選手権、この会場の名物は「ストロベリー&クリーム」(いちごに泡立てない生クリームをかけたもの)ですし、夏の定番ドリンク「ピムス」にもいちごが入ります。会場では「このウィンブルドンに来てストロベリー&クリームとピムスを飲まずして帰れようか」という勢いで消費されるのですが、一体その量がどのくらいに及ぶかと言うと驚くなかれ、去年(2014年)のウインブルドン期間中に消費されたいちごは28トン!そして生クリームは7000リットル!ピムスにおいては200,000杯だとか。なんともはや想像を絶する量です。
1877年にスタートしたウインブルドンですが、いちごの屋台が初めて登場したのが1953年、そこに生クリームが加えられたのは1970年代に入ってからとのこと。ではその頃から「ストロベリー&クリーム」のペアリングが定番化したのね、、、と思いきや、さにあらず。実はもっともっと長い歴史があります。なんとこのペアリングを生み出したのはかの有名な Cardinal Wolsey(ウルジー枢機卿)。この名前にピンとこなくとも「ハンプトンコートパレス」ならご存知の方も多いでしょう。あの宮殿はヘンリー8世の時代に活躍した聖職者であり政治家でもある彼が私邸として建てた館。もうそれだけで当時の彼のパワーが分かろうと言うもの。巨大なキッチンでも有名なこの宮殿ですが、日に2回、少なくとも600人もの人々の食事を作らなくてはならなかったと言うのだから、料理人の忙しさはいかばかりだったことでしょう。そんな中手早くできて美味しいデザートをと言うので考え出されたのがストロベリー&クリームだった、、というのがイギリスでよく言われているお話しです。どうやら日本のいちご&コンデンスミルクのコンビネーションよりは大分年季が入っているようですね。イギリスのストロベリー&クリーム500歳を優に超えていますから。
閑話休題、今日の主役は「イートンメス」でした。伝統的なプディングとはいえ、ストロベリー&クリームに比べればイートンメスの歴史はそれほど長くはありませんが、こちらもハンプトンコートに負けないくらい由緒正しい1440年創設のパブリックスクール、イートンカレッジの生まれ。イートン校と同じく名門パブリックスクールであるハロー校とのクリケットの試合で毎年供されてきたデザートです。1930年代にはイートンの売店ですでに売られていたそうですが、当時は生クリームもしくはアイスクリームにいちごまたはバナナを混ぜたもので、メレンゲが加えられたのは後々のことだとか。次に名前の後半部分「メス」についてですが、これは全ての材料をぐちゃっと混ぜること(mess=ぐちゃぐちゃにするの意)からきています。さて、名前の次に気になるのは誰が最初に作ったかですが、これまた諸説あります。イートンの校内で毎年行われるピクニックの際に大きなラブラドールがいちごのパブロヴァの入ったバスケットにドンと座ってしまい、べちゃっと潰れてしまったのが意外と美味しかったからだとか、イートンに通う子供のために作ったデザートを母親が運ぶ途中に崩してしまったのが始まりだとか、、、本当のところはカレッジの食堂の料理人が作ったのらしいのですけれどね (^^)。
イートンメスを美味しくいただくコツはとにかくメレンゲがさくさくのうちに食べること。混ぜてしまったらあっという間にメレンゲがぐずぐずに溶けてしまうので、もしピクニックで食べたいのなら、パブロヴァ状態で持って行き、現地でくずして混ぜるのがベスト。スーパーで売っているものも自分で食べる直前に混ぜるようにセットされています。実際には料理人によってキッチンで生み出されたのかもしれませんが、イギリスの爽やかな夏の日差しの中、イートンのカレッジで繰り広げられるちょっと優雅なピクニックシーンを頭に浮かべると、「ワンちゃんが潰しちゃった説」を信じたくなるのは私だけではないはず ~。