<Custard tarts カスタードタルト>
日本人にとっては「う~ん、ちょっと甘すぎるかな」 と感じるイギリス菓子が多い中、甘さ控えめの貴重なお菓子のひとつがこの「カスタードタルト」。スーパーで買ってきたものでもティールームでいただいても、大抵驚くほどあっさりとした甘さと軽さ。名前だけ聞くと、タルトの中にとろりとしたいわゆるシュークリームの中身のようなカスタードクリームが入っているのかなと想像してしまいますが、さにあらず。そのフィリングはカットしても流れ出るようなことは決してなく、さくさくのショートクラストペストリーの中で実に絶妙に固まっています。例えるなら甘み控えめの日本のプリンのような固さ。プリンinタルト、日本にありそうでないお菓子のひとつなのです。そしてこのタルト一番の特徴は上にたっぷりとふりかけられたナツメグ。お菓子にナツメグ?そう、ナツメグはハンバーグだけに使われるものではありません。甘くスパイシーな香りは時に主張しすぎる卵の香りを和らげるのにも最適。卵と牛乳(+生クリーム)、少しのお砂糖というこの上なくシンプルなフィリングをそれらしく仕上げてくれるのはこのスパイス使いのなせる技なのです。一度この風味に慣れてしまうと、ナツメグ無しのカスタードタルトなんてありえないと思ってしまうほどなくてはならない味の要。
さて、このプリミティブな材料から想像できる様に、イギリスでのカスタードタルトの歴史は長く、中世にはもう作られていました。Doucets あるいは Darioles という名で呼ばれていたそれは1399年に行われたヘンリー4世の戴冠式のパーティーでも振舞われています。ただし、甘いものと食事の区別が無かった当時は、カスタードを豚のひき肉や牛の骨髄でとろみをつけることもあったそう。ひき肉、、、この辺りからカスタードタルトにナツメグ入れてみようかな~なんて料理人は思い始めたのかもしれませんね。
卵を使ったこの黄色のカスタードタルト。1年中人気のデザートではありますが、「卵を使った黄色のタルト」というキーワードから連想するように、特にイースターシーズンに取り上げられるタルトでもあります。そしてイギリス菓子の中では、上手に作るのに少々繊細さを要するお菓子でもあるため、「The Great British Bake Off 」(イギリスで人気の素人お菓子作り勝ち抜きテレビ番組)などでも、よくお題として出題されています。「あら~タルトの底が生焼けよ~」「こっちは焼きすぎでカスタードが『ス』だらけね~」なんて評価され、出場者はうなだれると言うわけです(笑)。
イギリスではカスタード=「卵と牛乳を混ぜた卵液」全般を指すので、例えばフレンチトーストを作るとしたら~ 「卵と牛乳をよく混ぜ合わせてください。次はそのカスタードにパンを浸しましょう」~となりますし、キッシュも英語で説明すると Savory baked custard encased in pastry(ペストリーに入った塩味の焼いたカスタード)となります。そうそう、ちなみにカスタードの語源は古仏語 croste から派生した中期英語 crustarde、custarde (スパイスや砂糖で味付けした肉やフルーツを卵でまとめたフィリングを入れたパイの意)だそうですから、まさに昔のカスタードタルトの姿ですね。「カスタード」と言う言葉の原点にあるのがこのカスタードタルトなのです。
ナツメグの効いた優しい味のカスタードタルト、日本でも売り出したらきっと流行るはず。ちなみに、以前流行ったポルトガルや香港のエッグタルトとはまったくの別物ですからおまちがえなく~。