第93話 Flummery/Junket ~フラマリー/ジャンケット~

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okashi

<flummery / junket  フラマリー/ ジャンケット>

ここのところ、トラディッショナルなコールドプディングを続けてご紹介してきましたので、出来ればそろそろ粉ものに戻りたいところなのですが、もうちょっとだけ、、、。
ポセットのように生クリームをレモンなどの酸で固めるもの、シラバブのようにワインなどのアルコールの力や泡立てて空気を入れることによって濃度をつけるもの、そして古くはアイシングラス(魚の浮き袋から採るゼラチン成分)などのゼラチンで固められていたブラマンジェなどなどいろいろありましたが、これらは乳製品(時にはアーモンドミルク)になんらかの増粘剤となるものを加えて濃度をつけデザートとしたもの。どれもみなもともとは、中世以前から食べられてきた穀物に水分を加えて煮込んだポタージュにルーツがあると考えられています。イギリスには中世以降、お米やサゴ、タピオカやアロールート(くず)、コーンフラワー(コーンスターチ)などなど液体に濃度をつけることが出来るいろいろな食品が入ってきますが、やはりそれらが入ってくる前、とろみづけに役立っていたのはなんと言っても麦。麦は麦でも一度パンやビスケットにしたものを砕いて入れて濃度をつけることもありましたが、一番もとの穀物のポタージュに近いと思われるデザートがこれからご紹介する「flummery (フラマリー)」です。flummery1
これはオーツを水に12時間ほど漬けて、水を取り替え、またしばし置いてから漉したものを煮詰めて冷やし固めたもの。牛乳やはちみつ、時には白ワインやビールなどと合わせて食べていたらしいのですが、固める前は重湯というか、オーツを使った薄いポリッジ(おかゆ)のようなもの。その姿から別名wash-brew とも呼ばれていましたが、地方によってその呼び名は他にも様々あって、ウエールズ地方ではllymru、Cheshire や Lancashire ではFlamerie あるいは Flumerie、スコットランドではsowens (こちらは液体を軽く発酵させてから作ります)などなど。さて、この麦のとぎ汁すらも無駄にしない質素なフラマリーとは別に、富裕層間で食べられていたもっとリッチバージョンのフラマリーもあります。こちらは、液体を固めるのはオーツではなくゼラチン質。 leach と呼ばれる古いデザート(アーモンドミルクと牛の脚を煮出した液体を固めたもの)から変化したと言われているのですが、オレンジフラワーウォーターなどで香りをつけた牛乳や生クリームにお砂糖やワインを加えてisinglass(魚の浮き袋から作るぜラチン)またはhartshorn(牡鹿の角を削ったもの)で固めるいわばミルクゼリーのようなもの。確かに見た目は両方白いゼリー状で名前も一緒ですが、なんという違い。Hannah Glasseの「The art of cookery made plain and easy」(1747)にはフラマリーの作り方として、このHartshorn flummery が2種とOatmeal flummery1種の計3つのフラマリーが記載されています。

20世紀に入るとフラマリーの定義は曖昧になり、ブラマンジェなどをフラマリーと呼ぶことも☆

20世紀に入るとフラマリーの定義は曖昧になり、ブラマンジェなどをフラマリーと呼ぶことも☆

それにしても昔のゼリー類作りは考えただけでも本当に大変。まずは固める素を作らなくてはならないのですから。魚や牛、豚の骨や皮を煮込んだり、牡鹿の角や象牙を削って粉にしたものを煮出して使ったり。しかも苦労して採ったこれらお魚やお肉風味の液体にお砂糖を加えたそれは一体美味しかったのかはなはだ疑問。実際、王侯貴族の晩餐を彩るデザートしてのゼリー類は、カラフルな色と驚くほどさまざまな型に入れて固められ、味よりは見た目が重視、そして、それで良かったようです。「ゼラチンパウダーを小さじ1杯2杯入れて~」で済んでしまう今の世の中と違い、プルンと固まったカラフルなデザートを出すことは、これだけの手間をかける人力と財力があるのだと見せつけることができたり、あるいはこれだけ手間を掛けましたというおもてなしの気持ちを示すための大事な一要素だったようですから。

イギリスではレンネットも大きめのスーパーなら普通に売っています☆

イギリスではレンネットも大きめのスーパーなら普通に売っています☆

そうそう、もうひとつ、でん粉でも、ゼラチンでもないもので固めるミルクプディングがありました。「junket (ジャンケット)」です。こちらは15世紀にはもう食べられていたと言うデザートで牛乳をレンネットで凝固させたもの。そう、あのチーズを作るときに使うレンネットです。イギリス中で食べられていたようですが、特に有名なのは乳製品の産地でもあるデヴォンシャーのDevonshire junket 。人肌に温めた牛乳にラムやブランデーで香りをつけ、レンネットで固めたもの。ナツメグと、デヴォン名物のクロテッドクリームをのせて食べるのが伝統的な食べ方だとか。一時はかなり人気があったようですが、レンネットもどこでも手に入るというものではないうえに、ジャンケットは作るのに少々時間がかかるため、もっとお手軽に作れるシラバブが登場してからは人気が急速に衰えてしまったようです。しかも後々、このジャンケットもブラマンジェ同様、インスタントのジャンケットタブレットやパウダーが登場したがために、簡単に安く作れて、美味しくない~という例の「まずいnursery pudding(子供向けプディング)」の代名詞に。本来のジャンケットはなかなか不思議な食べ物。レンネットと牛乳を混ぜたら、動かさずに室温においておくと自然と固まるのですが、スプーンを入れた瞬間、カードとホエイに分離し、あまり美しくない姿に~。あまり移動しなくて済むように、混ぜるときからもう、サーブするテーブルの上で作るといいかもと思うくらいです。まったくイギリスには随分といろいろなデザートやらお菓子があるものです。おかげでこのおかし百科も、いつになったら終われるのやら~(笑)どうぞ飽きずにもう少々お付き合いくださいませ☆

 


 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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4件のコメント

  1. TOMOKOさま☆
    こんにちは。いつもお付き合いいただきありがとうございます^^ こんなところに同胞が!というよりもう、師ですね、わたし、600 話も書く自信は到底ありません~その前にしわしわのおばあさんになってしまいます(笑)
    でもこれからもマイペースで書いていきますので、楽しみになさっていてくださいね~♪

  2. こんにちは、YASUDA MARIKO様。毎回楽しく読ませていただいています。本当に、イギリスにはたくさんのお菓子やデザートがありますよね。私もイギリスを歩き回り、北から南まで、私のイギリス放浪地方菓子ノートも600品目を超えました。
    これからもMARIKO 様の記事、楽しみにしています!!!

  3. まゆさん☆
    正確にはオーツをふやかしてその絞り汁だけを煮詰めて固めるんですよ~面白いですよね。
    フラマリーに関しては地域や時代によって広義にわたるため、うまく説明できなくて分かりづらい文章になっている点も多々ありご容赦を~。お菓子百科、ほんとう止め時が分かりませんね(笑)

  4. アバター画像

    オーツをふやふやにして固めるなんて、私にとっては夢のようなお菓子 ^^
    オートミールのお菓子版、なのかな??

    イギリスお菓子、もっとたくさんあるといいな。
    ずっとまりこさんのお菓子の話、読んでいたいです♪♡♪

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