第181話 St. Bride’s Bannock〜セントブリードバノック〜

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<St. Bride’s Bannock セントブリードバノック>

 

もうすぐ節分がやってきますが、立春の前日にあたる節分は、文字通り季節の分かれ目。今年はなんでも立春が1日ずれて124年ぶりに2月3日、節分が2月2日になるそうですが~冬至と春分の日のほぼ中間にあたるこの日は、日本だけではなく、世界中で春の到来が祝われます。

キリスト教の多くの国々では2月2日はCandlemas(聖燭祭)と呼ばれる祝祭日。クリスマスの40日後にあたるこの日、イギリスでは祝日でこそありませんが、Presentation of Jesus at the Temple(幼子イエスが初めて神殿に登壇したこと)、Purification of the Virgin(聖母マリアの清め)を祝います。
そして何故この日がキャンドルマスと言われているかというと、聖母マリアとナザレのヨセフがエルサレムの神殿に生後40日になるイエスキリストを連れ来た際、シメオンという老人がイエスを見て‘a light to lighten the world’(すべての人を照らす光)になると言い、救世主が到来したことを神に感謝したためと言われています。

 

グリドルで焼いたSt. Bride’s Bannock

しかしこのキャンドルマスの祝いは、2月1日(又は2日)に祝われていたキリスト教以前のケルト民族の祝祭Imbolc(インボルク)を踏襲したものだとも言われています。もともとはケルト神話の女神Brigit(ブリギット/ブリードなどとも:輝くものの意味)の祭日のこの日、アイルランドでは、火や豊穣、家畜、家庭の女神であるブリギットを祝い、バターや牛乳、バノック(粉を練りグリドルで焼いた平焼きパンのようなもの→バノックについてはこちらを)を供え、来る1年の天候や作物の実りをろうそくや焚火、暖炉などの火を使って占ったのだそう。
キリスト教においてキャンドルは世界を照らすイエスの象徴ですが、ケルトの人々にとって火は清めの力を持っており、焚火や蝋燭、暖炉の火は神聖なものであり、暖かな春の再来と太陽の光を表していたのです。
このインボルクの祭りはキリスト教のキャンドルマスにとってかわられ、女神ブリギットは、Brigid of Kildare(キルデアの聖ブリギッド、Brigit、Bridget、Brideとも)に置き換えられ、現在はアイルランドの守護聖人の一人に数えられています。

オーブンで焼くタイプのSt. Bride’s Bannock または Imbolc bannock

 

ケルト文化が色濃く残る地方、アイルランドやスコットランドでは近年までSt Brigid’s Day(2月1日)の古い風習が地方に残っており、その一つが前日(1月31日)のSt. Brigid’s Eveのサパー(食事)。一日かけて部屋をきれいに掃除した後、一番上等の食器でテーブルを調えボクスティ(ジャガイモ入りの重曹で膨らませるスコーンのようなものあるいはグリドルで焼く平焼きパンのようなもの)と紅茶を楽しむというもの。その際、聖ブリギッドを表す「布を巻いた藁の束」を暖炉そばの椅子またはベッドの上に飾ったのだとか。

また Brideog Nightとも呼ばれるその夜には、少女たちがBrideog(藁やトウモロコシの皮で作ったブリギッドを模した人形)を手に家々を回り、お菓子(バノック)やお金を集めて回ったそう。バノックは各家庭二つずつ焼き、一つは子供たちに与え、もう一つはブリギッドのために窓際や玄関先に供えられました。
このバノックは St.Bride’s Bannock、Bonnach Bride、Imbolc Bannock などと呼ばれるオーツで作るバノック。オーツにバターかベーコンの脂やラードなどの油脂、バターミルクを加えて生地を平たくまとめ、扇形に4等分し、グリドルで焼いたもの、あるいは一晩バターミルクでふやかしたオーツにオーツの粉や小麦粉を加えてオーブンで焼いたものなど色々なタイプがあったようです。いずれにせよ焼き立てにたっぷりのバターや蜂蜜などを塗っていただけば、素朴なほっとする美味しさだったに違いありません。

 

バターをたぷり塗って食べるととっても美味♪

こういった風習は地方により大分バリエーションがありますが、多くの場所で共通して見られたのがBrigid’s Cross。葦や藁を編んで作る独特な十字架で、これを毎年St Brigid’s Dayに作り、家につり下げたのですが、この十字架は雷や火事、病気から家や家族・家畜を守ってくれると信じられています。
そして家族でバノックやボクスティを食べながら、春の訪れを祝ったのです。

実際にはまだまだ寒さ厳しい冬の最中ですが、少しずつ長くなる日照時間、咲き始めたスノードロップ(この季節に咲くこともあり別名 Candlemas bell)や子供を産む準備をはじめた羊を目にし春への期待を膨らませ、残りの冬をなんとか乗り切ろうと自分たちを鼓舞するための、大切な節目の行事だったのでしょう。

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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