<Rutland plum shuttle/ Lancashire Courting cake ラットランドプラムシャトル/ランカシャーコーティングケーキ>
「Rutland plum shuttle(ラットランドプラムシャトル)」。イングランド中央部に位置するラットランドはイングランドの中では一番小さなカウンティ、前話の「リンカーンシャープラムブレッド」のリンカーンシャーのお隣の県で、かつプラムつながりということで、今日ここに登場と相成ったわけですが~ラットランドは地名、プラムは前回ご説明したとおり、サルタナやカランツなどのドライフルーツ入りということ、では最後の「シャトル」とは? Shuttle とは織機で緯糸(よこいと)を通す舟型の杼(ひ)のこと。つまり「ラットランドプラムシャトル」はシャトルの形をしたドライフルーツ入りのラットランドのお菓子ということ。正確にはお菓子というより前回のリンカーンシャープラムブレッド同様イーストを使ったパンのお仲間。ほんのり甘く、時には干しぶどうの他にオレンジピールやキャラウェイシードも入っており、とんがった先っちょはカリっと、中はふんわりのとっても美味しいパン。1890年頃にはすでに焼かれていたという記録の残るこのパンは、日々のお茶菓子用ではなく、特別な時に食べるものでした。
このパンのもうひとつの名前は「Valentine bun(ヴァレンタインバン)」。2月14日のヴァレンタインデイに愛する人に、あるいは大人から子供たちに贈るためのパンでした。ラットランドの中でも特に、Market Overton という小さな村がこの風習でよく知られていましたが、今は昔、手作業の機織り同様プラムシャトルも姿を消していってしまったようです。この地域の女性のいつも身近にあったシャトルを模して作られたパン、一段一段機を織るという行為には女性の思いが込められているようで、ハート型にも匹敵するなかなか良い形だなと思うだけにちょっぴり残念。
愛する人に贈るお菓子というので、もうひとつご紹介しておきたいのが、Lancashire の「Courting cake(コーティングケーキ)」。こちらはヴァレンタインデイオンリーではないのですが、同じく好意を寄せる男性やフィアンセに愛や信頼の証として贈るケーキ。どのようなケーキかと言うと~、いくつかタイプあるようですが、一番知られているのは、ヴィクトリアサンドイッチとショートブレッドの中間くらいの生地と表現される、ちょっとしっかりめのスポンジ生地でホイップした生クリームといちごをサンドしたもの。バターにお砂糖、卵に小麦粉が同量ずつ入るヴィクトリアサンドイッチより、小麦粉の割合を多くして作ります。もうひとつは、ホイップした生クリームといちごをサンドするというのは一緒なのですが、下の段が、ちょっと厚めのショートブレッド生地、上にのせる生地が先ほどと同じ固めのスポンジ生地というもの。さすが愛を示すケーキ、生地は違いますが、一見日本のショートケーキにも似た、地方のイギリス菓子にしては可愛らしいケーキです。
でもちょっと現代の香りがしなくもないこれらのスタイルより、より伝統的だと言われているのが、さらに生地がショートブレッドに近づいたもの。それはラブインした粉とバターに(粉とバターをパン粉状にぽろぽろにすり合わせること)、お砂糖と卵を加えてまとめ、その生地で熟れたいちご、あるいはいちごジャムをサンドして焼き上げます。昔の若い女性にとって生クリームは高級品。より身近な材料だけで作れるこちらのタイプのほうが現実的、かつ手渡すにも勝手が良さそう。~といくつか種類を挙げてみましたが、コーティングケーキはその地域や家庭ごとに伝わるレシピで作られてきたため、お決まりの配合というものはないようです。女性はご自慢のベイキングの腕を示すことができ、男性は一生添い遂げることになるかもしれない女性の料理の腕前を知ることが出来るこのコーティングケーキ、ヴァレンタインのチョコレートよりは、大分男女の腹の探りあい的な要素を秘めているような。。。このケーキの全盛期は産業革命まっただ中の頃、ランカシャーの男性は多くが鉱山や重工業に、女性は女性で綿織物などの労働に従事しており、若い男女が知り合える場も少なく、フィーリングの会う相手を見つけたらすぐに好意を示さなくては次のチャンスがいつ来るか分からないという時代。ケーキを贈る相手はまだ深くお互いを知り合う前のこともあったようですから、そのケーキにはいろいろな意味が込められていたような気がしてしまうのです。
近年、こういった伝統的なケーキが、地元のベイカリーやニューオープンのお店によって復活!という話題をよく耳にします。もちろん、それはとても喜ばしいことなのですが、コマーシャル的にそのお菓子が商品として店頭に並んでも、一度消えてしまったお菓子が本来の風習を伴って蘇るのは難しいもの。なんとか今生き残っている伝統的なお菓子たちだけでも、その灯火が消えてしまわないよう踏ん張って欲しいものですね。