第193話 Congress tarts/ Scottish coconut tarts/ Oyster tarts/ コングレスタルト/スコティッシュココナッツタルト/オイスタータルト

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<Congress tarts/ Scottish coconut tarts/ Oyster tarts  ~コングレスタルト/スコティッシュココナッツタルト/オイスタータルト  >

イギリス人は本当にジャム好き。それはジャムを使ったお菓子の豊富さを見れば一目瞭然。特にラズベリーなどの赤いジャムは大人気です。フレッシュなベリーが採れる温暖な時期が短かいイギリスのこと、昔はシーズンに出来るだけ沢山摘んでジャムにして保存し、ビタミン補給を兼ねて、甘いジャムのお菓子で寒く暗い冬の憂鬱を吹き飛ばしていたのでしょう。
ジャムローリーポーリーに、クイーンオブプディング、もちろんヴィクトリアサンドイッチケーキも赤いジャムなしには成り立ちませんが、タルト類にも必須アイテム。以前にもジャムタルトなどはご紹介しましたが、今日は他にも数多くある、気になるジャムを使ったタルトをご紹介します。

まずは「Congress tarts(コングレスタルト)」。コーンウォールやサマセットなどイギリス南西部のお菓子として知られています。見た目は小型のベイクウェルタルト。上部にぺストリーでクロスに模様をつけることもあります。構成は、ショートクラストペストリー+ラズベリージャム+フランジパーヌクリーム。
イギリスでいうところの「フランジパーヌクリーム」とはバターとお砂糖、卵とアーモンドパウダー(薄力粉が加わる時も)を混ぜ合わせたいわゆるアーモンドクリーム(クレームダマンド)のこと。これにビターアーモンドエッセンスやレモンの皮などで風味をつけます。このコングレスタルトの場合は、アーモンドパウダーがライスパウダー(米粉)に、時にはココナッツに代わることもあります。日本やフランスだと、フランジパーヌクリームとはカスタードとアーモンドクリーム(クレームダマンド)を混ぜ合わせたものを指すので、ちょっと紛らわしいので要注意。

 

クロス模様のコングレスタルト

ほぼベイクウェルタルトと変わりないこのコングレスタルトが、何故イングランド南西部(+ヨークシャーの一部も)でこの名で呼ばれているのでしょう。理由はあまりはっきりしていないのですが、いくつか説があります。その中の一説は、三十年戦争(1618-1648の間ドイツを中心に西欧諸国を巻き込んで長く続いた宗教戦争)の終結に際して、ドイツのオスナブリュックで開かれた会議で供されたアーモンドマカルーンタルトがこのようなペストリーのクロス模様がついたものだったのでそれにちなんでいるというもの。Congress には会議や議会といった意味があります。
また別の説は、「The Modern flour confectioner wholesale and retail」(1888) Robert Wells著にCongress curdという名で砂糖とアーモンドパウダーと卵白を混ぜたマカルーン生地のようなものが紹介されており、元はそのコングレスカードを詰めたタルトだったからではないかというもの。ちなみにこの本に載っているコングレスカードとは1パウンドのカスターシュガーと半パウンドのアーモンドパウダー、それに卵白6個分を混ぜ合わせたもの。
どちらの説でもおかしくないし、どちらでもない可能性も、、、といったところ。

 

スコティッシュココナッツタルト

ラズベリージャムの入ったスコティッシュココナッツタルト

お次はコーンウォールから一気にスコットランドへ。こちらのジャムタルトはその名も「Scottish coconut tart(スコティッシュココナッツタルト)」。ココナッツのサクサクとした食感と香りがラズベリージャムとマッチして美味しいタルト。先ほどのコングレスタルトのフランジパーヌがココナッツベースに代わります(アーモンドパウダーとココナッツが半々のことも)。他の部分はほぼ一緒。これもスコットランドに限らず、イギリス中あると言えばあるタルトですが、スコットランドではこの名で呼ばれているということは、この地独自のご当地タルトという思いが昔はあったのでしょう。

他にもグロスターシャ「グロスタータルト」(こちらはフランジパーヌがライスフラワーに)。ジャムの代わりにレモンカードを下に敷く、ランカシャーの「ランカスターレモンタルト」など、ほぼ似たようなものがイギリス各地に目白押し。

レモンカード入りのランカスターレモンタルト

シンプルなお菓子が多いイギリスのこと、このようにほぼ同じレシピの同じお菓子でもそれぞれの地方や町の名前が冠せられていることはよくあります。日本でも、○○饅頭、○○煎餅など、ほぼ同じようなものが各地に散らばっていますから、きっとそれと似たようなもの。違いを見つけるのが難しいのは当然かもしれません。今のようにインターネットもテレビも車もない時代は、離れた地域同士が交流する機会も、情報が入ってくることも少なく、それぞれがこのお菓子はうちの地方独自のもの、と思っていてもおかしくありませんから。

最後にもうひとつ、ショートクラストペストリーにラズベリージャムとフランジパーヌクリームといういつもと同じ構成なのに、ちょっとおしゃれに見えるので個人的に気に入っているジャムタルトがあります。そのレシピを見つけたのは以前にもご紹介したことのあるBe-Roのレシピ本。その名は「Oyster(オイスター)」、そう「牡蠣」と言う名前のタルトです。

甘いタルトにつけるにはなかなか思い切ったネーミングですが、姿を見て納得。牡蠣が口を開けてそこからジャムがのぞいているような姿をしているのです。そして名前もさることながら、作り方がまた秀逸。ショートクラストペストリーにフランジパーヌクリームを詰めて一度焼き、それからフランジパーヌ部分だけをナイフでカットして取り出すのです。そこにジャムとバタークリームを後詰めして、2枚貝のように上にスポンジ状になったフランジパーヌをのせる、という実にイギリス菓子らしい合理的な作り方。

その名もオイスタータルト

それにしても、これがホタテ貝ではなく牡蠣と名付けられたことに、とてもイギリスらしさを感じます。歴史的にイギリス人にとって牡蠣はホタテよりずっと身近な存在。今でこそ高価な食材ですが、もともとは海岸沿いに大量に自生していた安価な食材で、長いことイギリス人の、特に貧しい人々の胃袋を満たしてきました。生はもちろん、17~18世紀には豚肉やマトンと合わせてソーセージにしたり、鶏のローストの詰め物としても人気でした。ヴィクトリア時代に入ってもまだまだ牡蠣は安い食材で、ロンドンの街角には牡蠣の屋台が多く立ち並んでいたそうです。高価な牛肉をかさ増しするために牡蠣を入れたビーフ&オイスターパイは有名ですし、ディケンズの「ピクウィック・ペーパーズ」には
Poverty and oysters always seem to go together.(貧乏と牡蠣は常に相性がいい)
なんてセリフが出てくるほど。なんでも1864年にはロンドンだけで7億個もの牡蠣が消費されたというからどれだけ豊富に採れたのかが分かるというものです。ですが、さすがに海の幸も無尽蔵ではありません。あまりに採り過ぎたため20世紀半ばには牡蠣は激減、成長にも時間のかかるネイティブオイスターに代わって日本と同じマガキの養殖が始められ、今はそちらが主流になっています。

~と、何だか甘いタルトのお話から牡蠣のお話になってしまいましたが、こうしてお菓子から様々な食材や文化に話題が広がるのが、イギリス菓子の魅力の一つ、どうぞご容赦を。
さぁ今度イギリスに行ったら牡蠣が、それもネイティブオイスターが食べたいなぁ。。。

 

 

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About Author

宮城県仙台市出身☆ 2008~2012年イギリスにてイギリス文化&イギリス菓子を大吸収するかたわら、日本で主催していたお菓子教室をつづけていたところ、あぶそる~とロンドンの編集長に出会う。 現在の居は巡りめぐって宇都宮。イギリス菓子教室 'Galettes and Biscuits' にてイギリス菓子の美味しさ&魅力を静かに発信中☆ 2018年2月 美味しいイギリス菓子をぎゅ~っと詰め込んだレシピ本「BRITISH HOME BAKING おうちでつくるイギリス菓子」、2018年 12月 「イギリスお菓子百科」。2020年12月「ジンジャーブレッド 英国伝統のレシピとヒストリー」、2021年9月「British Savoury Baking 古くて新しいイギリスのセイボリーベイキング」 を出版。インスタグラム@galettes_and_biscuits

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